マイ・スイート・レモネード

かみさまに喩える

春が来る

最近あらたに知った推しの情報は"おなかがつよい"です。かわいい。そしてうらやましい。

前記事への閲覧・スターありがとうございました。まあありふれた担降り(上がり)話だけれど、どうしても心の整理をつけたくて、何度も書いては消してをくりかえして、病んだり泣いたりしながら*1形にしたものなので、反応をいただいてなんだかとても救われたような気持ちになった。

今はただシンプルに、好きだけが残ってよい感じ。ちょうどいい距離感をはかっているところで、コンテンツの集大成も、憧れと公言する大きな会場の舞台も、行かない見ないという選択に胸が痛んだりはしたけれど、涙はでなかった。もはやほぼ在宅なのであまり話題にすることもないだろうけど、毎週のラジオを聴いて映像を見て、このひとがいてしあわせだなあと思う。きっとなにも変わらない。

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推しの話。冬にかけて語りたい事柄がたくさんあったのに、暦上はもう春だ。ひとつひとつを思い出しては視界がにじむ。推しのうれしいを、分け与えてもらったことがうれしかった。うつくしい声と歌と、しあわせを閉じこめたみたいに目じりを下げるところ。2月、どうしてもどうしてもこの目でみたかったので、あらゆる無理をした。いつだって命を削るようなやり方でしかオタクできないのほんとうにどうかしてるけれど、いまここに生きているそのひとの覚悟を、一瞬だって逃したくなかった。

つくづくわたしはファンというより信者なのだと感じている。推し教教祖推し。やわらかい雰囲気でへらりとわらって煙にまいて、実はすごく頑固なところがある。だから、推しが言葉にしないことは考えないし、言わないと心に決めた。推しがつくりあげる、ステージ上での推しという哲学だけを信頼している。

*1:通常営業