マイ・スイート・レモネード

かみさまに喩える

線をなぞれば意思になる

とんだ躁鬱週間だった。しんどかった。

寝ても覚めても推しのことばかり考えて、Twitterが更新されてないか分刻みにチェックして、それでも推しに関わることすべてに対して視界がにじむので、映像も音声もなにひとつまともに摂取できない。
月末には極まって、他現場で名前がたまたま出ただけで号泣するほどやばい状態になっていたものの、先日どうにか健やか(そうにみえる)姿をリアルタイムで確認できたので、わたしもようやく安心して推しのことを推せる日々がもどってきた。

おしえてくれないと、推しがいま、ちゃんと呼吸をしているかすら、わからない。至極当たり前のことなのにこんなに不安だったのは、勝手に負い目を感じているからだ。断片的な情報だけでもおし量れるくらい、過密スケジュールをこなしているのはずっと知っていて、だけど大好きだからすこしでも姿がみたくて声がききたくて、休んでほしいなんて、わたしは口が裂けても言えなかった。これからだって一生言いたくない。

推しが発した言葉と見せる姿だけが世界のすべてで、推しのことを好きなわたしだけがほんとう。
推しが表にださないことは、この世にはじめから存在しないものだから。ずっとずっと額面通りのものだけを信じる信者でありたいと思う。


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2週ぶりの推しを目にする前にガス抜きを。こんなくそみたいな重いきもちを抱いていること、1mmだって伝わりませんように。あしたはちゃんと泣かないオタクをやりたい。ハッピー浮かれ女への道はまだまだ遠い。