マイ・スイート・レモネード

かみさまに喩える

かたちづくるもの

推しを)。
が、まじで好きすぎるなと実感した。全世界にお伝えしたいのは、わたしの推し、控えめにいってせかいいち。久々の推し現場があまりにえげつなくて、混乱した頭で衝動のままにこれを書いている。

猫っ毛をふわふわにセットして後頭部がうつくしい曲線を描いているところ、横をむくと鼻すじがきれいに通っていて、常人には考えられないくらい足がながくて、にこおって目じりを下げて客席をやわらかい表情で見渡すところ。どれも、初めて知った訳でもないのに、まるで奇跡みたいに、きらきらと輝いてみえて。

1番の商売道具として、当たり前すぎてあげる必要もないのでほぼ言及してこなかったが、まず大好きな声と演技があって、それだけでもう十分に推す理由たり得るのに、その声を発する顔とスタイルが良すぎるからほんとうに無理。推しを構成する要素、なにひとつ無駄がなく完璧につくられすぎてて、逆にちょっとおかしいとすら思う。

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めずらしく開演まで時間があったので*1、隣の席にいた同担含む2人の女の子とお話をさせてもらったが、終演後、同担の子が(推しの)膝から下が長すぎる…と顔を覆った瞬間、めちゃくちゃに共感してしまい、わかる!と秒でもらい泣きをした。現場で、なにかしらの媒体で、推しの姿をみるたび定期的に、足がながいことに関して涙がでてくる。わかるよ、その気持ち。

2ヶ月前の最初の記事では、盲目でいられなくなったときにはきっと簡単に別のものに乗り換えられるんだろう みたいな事を偉そうに語ったけれど、日々推しがサイコーを更新しつづけて、ますます盲目を加速させていくからなにも心配しなくていいんじゃないかなと今は思う。推し、ほんとうに生きてそこにいるだけでファンサなのに、どうしてこんなにもわたしのかみさまなんだろう。すきです

*1:いつも直前に滑り込むタイプ